オリンピックとオーケストラに観る共通点と僕らの伸びしろ

>> このページの主旨はこちら

リオオリンピックが始ってから四日目に入りました。連日連夜アスリート達のアツい戦いが繰り広げられていますね。

僕は意図的にテレビを家に置いておらず、普段テレビ自体観ることが無いのですが、こういった世界大会レベルのスポーツのイベントがあるときは、毎回「観たい〜! テレビ買っちゃう?」とソワソワしてしまいます笑 スポーツ観戦の面白さの醍醐味はライブ感ですからね。

しかし現在はテレビが無くてもインターネットでライブ配信やダイジェスト版を観ることができますので、ネットを通してオリンピックを楽しんでいます。ほんと便利でありがたい時代ですね。

さて注目のニッポン勢ですが、現時点では競泳で萩野選手が金メダル、瀬戸選手が銅メダル、柔道では海老沼選手、高藤選手、近藤選手、中村選手等が銅メダル、ウエイトリフティングでは三宅選手が銅メダルと、合計金メダルが一つ銅メダルが六つという素晴らしい成績を挙げられています。この四年間この日のために持てるチカラの全てを賭けてきた選手達に心より「おめでとう!」と祝福したい気持ちで一杯です。

スポーツの世界大会もサッカーであればワールドカップ、野球であればワールド・ベースボール・クラシック、テニスであればグランドスラムとそれこそいろいろありますが、ことこのオリンピックに関しては別名「平和の祭典」とあるように僕は特別なものを感じています。

スポーツの話に世界情勢の話を盛り込むのはどうかとは思いますが、そこをあえていわせてもらうと、この地球上には未だ争いや飢餓が絶えません。テクノロジーや化学の進歩といった明るいニュースがある反面、グローバル化のメリットデメリットも浮き彫りとなり、またあらゆるところで格差がうまれています。この差はさらに広がる一方でしょう。

そんなさまざまな多くの問題を抱えるなか多種多様な価値観を持つ各国が、このオリンピックの時だけはスポーツを通して文字通り一つになる。この奇跡とも思える一場面を遠く日本から鑑賞しているだけとはいえ共有できることに喜びを覚えます。またこの混沌とした時代に「オリンピック」には一つの光明さえ感じるのです。

オリンピックは「メダルを取る」という一つの目標のために各国から選手が集いワザを競い合います。この多種多様な国の選手達が一つの目標を共有するからこそ、想像を超える新しいものが生まれ、それに感動し面白いのです。

音楽の世界でもオーケストラでは、奏者たちが多種多様な楽器を用いそれぞれの特性を活かし一つの曲を奏でます。ソロ演奏ももちろん良いですが、みんなで一つの曲を演奏するオーケストラもソロとはまた違った味わいや面白みがあります。

スポーツのオリンピックにしろ音楽のオーケストラにしろ、これらはそれぞれの「違い」を受け入れ活かしつつ、一つの目標を皆で共有することにより新たな創造物を生むといった共通点があるように思えます。

こう観ると「違い」は悪いことではなく、活かし方しだいなのだということに気付かされます。

思えば人間関係で生じる問題の原因なども、根っこを掘っていくとほとんどこの「違い」を受け入れれるかどうかにあるのではないでしょうか。

違いを受け入れること、そしてその違いを活かすこと、その人達と目標を共有すること。

これらが上手く掛け合わさるともっと面白く新しいものが生まれる可能性があります。人類が真の意味でより大人として成長していくと、世界は少しづつ面白く変化していくかもしれません。

まだまだ僕ら人類には伸びしろがあるようです。

ブログランキングに参加してます。ワンクリック頂けると嬉しいです。⇒ Ranking

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です